キリスト教と仏教  十誡と五戒
十誡
モーゼの十誡は神の十誡とも言われます。
シナイ山において、モーゼに対し、神が二枚の石版に書いて示したとされる十か条からなる掟です。
最初に前文が記されています。
「私はあなたの神・主であって、あなたをエジプトの奴隷の家から導き出したものである」と、神が自ら宣言されています。
十条の掟を見てみましょう。
 1 あなたは私のほかに何ものも神としてはならない
 2 あなたは自分のために像を刻んではならない
 3 あなたは、あなたの神の名をみだりに唱えてはならない
 4 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ
 5 あなたの父と母を敬え
 6 あなたは殺してはならない
 7 あなたは姦淫してはならない
 8 あなたは盗んではならない
 9 あなたは隣人について偽証してはならない
 10 あなたは隣人の家を貪ってはならない
前の五箇条は宗教的な決まりを述べており、後の五箇条は、倫理についての定めです。
神は、エジプトの地で奴隷となっていたイスラエルの民を救い出されたのであるから、絶対服従しなければならない、と言った意味があるように思われます。
神から人間に下された一方的な掟です。
キリストは、第一には心をつくして神を愛せよ、第二には隣人を愛せよ、と言っています。
キリスト教の根本精神、神に対する愛と、人に対する愛が示されています。

五戒
仏教には五戒があります。
これは仏陀自身が制定されたものです。
 1 不殺生戒
 2 不妄語戒
 3 不偸盗戒
 4 不邪淫戒
 5 不飲酒戒
殺すな、嘘をつくな、盗むな、淫らな事をするな、酒を飲むな、というわけです。
しかしこの五戒を完全に守ろうとしても不可能なのです。
たとえば不殺生戒の場合、何も殺してはいけないのですから、動物はおろか、植物さえも食べることは出来ません。
不妄語戒においては全く嘘もなくですし、不偸盗戒ではすべてについて一々許しを得ながらいただいて・・ということは現実にはできないことです。
ということは、仏陀は方向性を示されているのです。このような考え方の基に、各自最大限の努力をしなさいということです。
解釈によっては随分緩く受け取る人もいるでしょうが、仏陀は目に余るようなことがなければある程度は許していたのではないかと私は考えます。
今現在仏陀が存命であれば、お酒の件については多少お叱りになられるかもしれませんね。
お寺の中は酒だらけですから。
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